沿革・ヒストリー
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1939年7月
電極用ピッチコークスの製造及び販売を目的として、日本乾溜工業株式会社を大阪府大阪市港区木屋町2番地に設立
同時に福岡県八幡市(現北九州市)に黒崎工場を開設 -
1953年9月
鋳物砂添加剤(製品名:クーゲル)の製造・販売開始
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1956年9月
長崎市に長崎営業所(現長崎支店)を開設し、産業安全衛生用品の販売開始
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1959年4月
福岡県八幡市(現北九州市)に八幡営業所(現北九州営業部)を開設
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1959年4月
福岡県八幡市(現北九州市)に八幡営業所(現北九州営業部)を開設
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1960年5月
不溶性硫黄(製品名:セイミサルファー)の製造・販売開始
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1961年1月
福岡市に福岡営業所(現福岡営業部)を開設
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1962年6月
熊本市に熊本営業所(現熊本支店)を開設
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1962年9月
ガードレール等の交通安全施設資材の販売開始
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1963年2月
日本道路公団「別府阿蘇有料道路(現別府阿蘇道路:通称やまなみハイウェイ)」にて路面標示工事を初施工し、交通安全施設工事の施工開始
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1966年2月
建設業法による福岡県知事登録を受ける「福岡県知事登録(ル)第1468号」
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1966年7月
鹿児島市に鹿児島営業所(現鹿児島支店)を開設
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1966年10月
宮崎市に宮崎支店を開設
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1966年11月
本社を大阪市より、北九州市の黒崎工場内に移転し、工場との一体化をはかる
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1967年2月
建設業法による大臣登録を受ける「建設大臣登録(ル)第7954号」(とび・土工工事業、塗装工事業、消防施設工事業)
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1967年10月
落石防止網等の法面、土木資材の販売開始
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1967年12月
本社を新築し、北九州市八幡西区築地町13番5号に移転
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1968年6月
佐賀市に佐賀支店を開設
大分市に大分支店を開設
木更津市に木更津出張所(現木更津支店)を開設 -
1969年7月
関連会社、日本標識工業株式会社を設立(標識の製造開始)
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1969年10月
日本道路公団霧島管理事務所管内にて落石防止網工事を初施工し、法面工事の施工開始
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1980年12月
建設業法による一般建設業の大臣許可の追加を受ける「建設大臣許可(般-55)第5383号」(土木工事業)
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1983年1月
本社を北九州市八幡西区築地町10番20号に新築移転し、北九州支店(旧八幡営業所)を同時に移転
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1992年8月
景観舗装用タイル及びレンガの施工・販売開始
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1993年4月
日本標識工業株式会社を吸収合併し、標識製造部門として位置付ける
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1993年5月
建設業法による一般建設業の大臣許可のうち、とび・土工工事業について特定建設業の建設大臣許可への変更許可を受ける「建設大臣許可(特-5)第5383号」(とび・土工工事業)
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1996年4月
福岡証券取引所に株式上場
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1999年7月
建設業法による福岡県知事登録を受ける「福岡県知事登録(ル)第1468号」
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2001年12月
本社、および北九州本社営業部(現北九州営業部) ISO9001認証取得
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2002年12月
黒崎工場 ISO9001認証取得。コンプライアンス・マニュアル策定
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2004年6月
建設業法による一般建設業の国土交通大臣許可のうち、土木工事業について特定建設業の国土交通大臣許可への変更許可を受ける「国土交通大臣許可(特-16)第5383号」(土木工事業)
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2004年9月
長崎支店 ISO9001認証取得
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2004年11月
「新中期経営計画」を策定
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2005年3月
産業活力再生特別措置法(産活法)に基づく「事業再構築計画」が経済産業省より認定
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2005年6月
標識製造部門の閉鎖
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2006年9月
「新3か年経営計画」を策定
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2006年10月
事業本部を福岡市に移転
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2007年1月
本社を福岡市に移転
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2009年10月
佐賀安全産業株式会社を設立(現連結子会社)
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2010年5月
株式会社旭友を子会社化(現連結子会社)
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2010年10月
「建設」「防災安全」「化学品」の3事業部制を導入
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2019年4月
株式会社大邦興産を子会社化(現連結子会社)
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2020年8月
株式会社ニチボーを子会社化(現連結子会社)
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2022年12月
黒崎工場を事業譲渡
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2025年9月
株式会社西部保安、株式会社開発工業、光栄産業株式会社の株式を取得し、子会社化(現連結子会社)
西部工産有限会社の株式を取得し、子会社化(現非連結子会社)
大正工業株式会社の株式を取得し、子会社化(現連結子会社) -
2025年10月
西部保安ホールディングス株式会社を設立(現連結子会社)
大阪府大阪市に関西支店開設
起業の経緯

ピッチコークスを製造する化学会社としてスタート
工場を八幡に置き、日本タール工業(株)(現在の三菱化学(株))黒崎工場からコールタールピッチを仕入れ、ピッチを原料にピッチコークスを製造して、当時資本関係があった日本曹達(株)高岡工場に納入。高岡工場はピッチコークスを棒状に固めアルミニウム電解炉の電極に使用。
社名の由来

日本乾溜工業の「日本」
日本曹達株式会社の要請によって、電極用のピッチを乾溜して生産する目的で創立されたことに因んで命名されました。

日本乾溜工業の「乾溜」
固体の炭素化合物(石炭や木材)に空気を通さずに約1,000℃で加熱。炭素化合物を熱分解重合して、揮発性分と残留物に分けること。 当社では原料としてコールタールピッチを使用。ピッチコークスを乾溜生成品として生産していました。


